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名刺

 二代野澤喜左衛門(8.4 x 4.8 cm 白地 裏面に印刷なし) 六代鶴澤寛治(9.2 x 5.5 cm 和紙 裏面に住所・本名)

  


特集14 編集後記

日本では科学や技術の世界でも、継承や情報移転は切実な問題となっている。人の世代交代、教育や社会の変化、グローバル化など、複合要因であろうが、もともと無形の資産の在り方に、幾つかの特徴があることが指摘されている。これは、芸道という種類の異なる無形資産にも共通しており、おそらくそれぞれの現場で特有の苦労にさらされていると考えられる。第一の特徴は、情報の送り手と受け手の溝である。専門性が高いほど判断基準が簡単には伝わらない。二つには、専門分野だけでなく周辺の知識理解、倫理、時代性や社会など、常に他方面とのすり合わせが必要であることである。三には、限り無く奥が深い暗黙知であることである。例えば、いくらコンピューター技術が進んだといっても、シュミレーションは限界がある。マニュアルや解説文でも伝わらない。解釈と活用・実践の奥義は実体験の中でなければ得られないのである。四番目に、この無形資産の維持にはお金と繋げる仕組みが要るという点である。社会から要請のあった無形資産は、このような難儀な四つの特徴を持っていても、利害関係を同じくする共同体のなかであれば安泰である。以前に触れたこともあるが、これが『本拠地の文化的意義』というものであろう。戦前・戦後と名刺の師匠方は文楽座、新義座、三つ和会、文楽協会と渡っていった。想像を絶する驚異的な日々だったと拝察される。戦中の疲弊と戦後の復興から高度経済成長への構造変化期で共同体が目の前で崩れ落ちていったであろう。そんな中での絶えまない暗黙知の修練、すり合わせと社会的認知・木戸銭との格闘。そして今や、たしなみとする文化も、興行筋、料亭お座敷や御茶屋、組合観劇といった周辺産業も完全に衰退、オーナー社長の支援さえもコンプライアンスとやらでがんじがらめ。せめて、不祥事や危機があった時には仲裁や問題解決に動いてもらえる共同体があったらと残念に思うのである。最近、新聞で伝統芸能の百貨店公演の効用という記事を見かけた。公式興行以外に、嘗てあったような共同体を別の形で取り戻すことはできないものだろうか。

さて、特集におつき合い頂き有り難うございます。実は昨年の師走に、突然PCがダウンしてしまい、肝を冷やした数カ月でした。ようやくデータやシステムの修復がかない、更新開始という訳です。PC交換作業の合間に、正月は文楽劇場の正面最前列での鑑賞やモダニズムの本を読んだり、最近は近所の京都市立芸大で示唆に富むセミナーを拝聴する機会を得ました。なかなか時間が確保できないのですが、私なりに他方面とのすり合わせにも努力したいと思います。尚、特集では、しばらく三代津太夫に集中して音源集を追加する予定です。また展示では、襲名披露刷り物等を取り上げる予定ですので次回の更新までお待ちください。今後とも宜しくお願い致します。

  2008. 2. 11 大枝山人