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義太夫独習新書 題字 (大正九年)


特集12 編集後記

昨年12月に約60年を経た教育基本法が初めて改正された。そこでは、教育において日本の伝統や文化、公共の精神を尊重することが新しく盛り込まれた。今回、教育の本質は未来社会を支えるヒト作りであり伝統文化にとって大いに関連する話題であるのでふれておきたい。以前より地域ごとに特色ある伝統の体験学習や歴史・文化の学習(京都ではジュニア京都検定というものも始まった)などは、学校教育の中で少しずつ機会が増えてきた。確かに伝統・歴史・文化を深く理解し、さらに自然・四季を愛でるようになれば理想的な日本人像だと言えるだろう。しかし重要なことは未来社会で共通の型と倫理を形成するかという点である。過去を振り返れば、明治初期までの東洋哲学、その後の残像と西洋哲学の洗礼、そして少し前は勤勉、和、誠実であったはずである。現在は、圧倒的な情報量と状況変化の前に、勤勉より最短距離を選び、本質的な価値体系より市場原理の体系が優位に立っている。それでは現在の大人の教育はどうかと言えば、当方は昨年よりキャリア教育というものに追われる毎日であった。最近はどこの企業や高等教育機関でもキャリア教育の重要性を主張し始めたが、そのコンセプトを一言でいうと、アルビン・トフラ−のいう第三の波を体現できるような人材育成をすることである。まったく第二の波に乗っている人間には難解であるが、この教育による発達段階は、伝統芸能や伝統文化を修練する過程の守・破・離の考え方と共通しているという指摘がある。仕事による意味のある経験を修行のように積み上げて行き、最終的には無我の境地から時代が要求する個性が浮び上がるということらしいが。これらの種蒔きは、未来社会として二十年後ぐらいから目に見える形で我々の前に示されることになるであろう。その時、世の中を映す鏡として文化は果たしてどうなっているであろうか。とにかく質の高い魂を失わないように、今年も私なりに有効な方策を探し続けていきたい。

玉男師の逝去による虚脱状態から更新が三ヶ月も経てしまい、心苦しい新年幕開けとなりました。本業の方も胸突き八丁という所でしばらくはこの頻度で御容赦下さい。今後とも宜しくお願い致します。

  2007. 1. 9 大枝山人